冷蔵庫の野菜室からクレソンを取り出すと、なにやら包みのビニールに石つぶのようなものが。
ん? よく見ると、なんと、これはカタツムリではないか。せいぜい5ミリ程度の大きさ。
うーむ。頼って来たのであれば寄寓させてやらぬわけにはいくまい。 ☞
といって住み家はどうするか。
慎之介と一緒にするという手もあるが、大きさが違いすぎる。はたして平穏に過ごせるのか。
思案の結果、ガラスの器に住まわせることに。
神隠し防止のためのネット。
食事も二人分用意しなければならなくなってしまったよ。
さつま芋が好き?
ニンジンも喰いねえ。
やっぱり卵の殻も食す。
白いうんちも。
それが、1週間ほどまえのことで、こんどは台所のコップに挿しておいた葉蘭(寿司屋でよく握りやお造りの下に敷くあれですね。我が家の庭になぜか昔から植えられている)に同じようなカタツムリが。
ま、カタツムリって実はナメクジの仲間だから、こんなところに出没しても不思議はないんですけどね。
こんどのは少しだけ大きい。
同じようなものだから、一緒にしてもいいだろう、と思ってみたら、前の奴がなんだかちっとも動かなくなっている。
殻から出てこないのはいつものことだが、それにしてもようすがおかしい。
まさか、殻が窮屈になってあたらしい大き目なのにいつの間にか乗り換えたのか。そんな馬鹿な。
新たに出てきたのは“秋丸”という名。されば、前の奴は“春丸”だろう。
これは奇しくも澁澤龍彦が遺作として残した奇譚「高丘親王航海記」に登場する従者の名と同じだ。
登場する順番は逆だが、話のなかで、いつのまにか秋丸が消えて春丸に入れ替わったようになるのも。
それから、はじめ男のように見えた秋丸がどうやら女らしいなど、性別が判然としないところなども。
え? 実はカタツムリには性別がない。雌雄同体なのだ。1匹だけで卵を産むこともあるらしい。
これって、ちょっと澁澤龍彦的だな。「夢の宇宙誌」に『アンドロギュヌスについて』というエッセイが収められていて、アンドロギュヌスというのは、両性具有のこと。澁澤はここでも、プラトンからグノーシス主義、ユング心理学にまで縦横無尽に博学を披露している。この本はちょうど二十歳の頃読んですっかり憑りつかれたなあ。もっとも彼らしい初期の代表作のひとつ。
ということで、春丸はこのまま消滅してしまうのじゃろか。3日くらいして頭を出してくることもあるけどね…。