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蝶と大坂なおみ

 

 大坂なおみがグランドスラムを制したといっても、もはや驚くようなトピックではあるまい。あたりまえ、とまではいわないまでも。

 今回の全豪オープン3回戦の試合中、突然闖入して脚や顔に止まった蝶を、彼女が優しくコート外に運び出したことがちょっとした話題になった。だが、真に驚くべきは、この心優しい行為自体ではない。 ☞

 全豪のコートはメルボルンパークの緑の中にあって、昆虫の闖入はめずらしくはないという。邪険にラケットで虫を払いのける選手も少なくないようだ。だが、なかにはこれを救助脱出させてやる選手もいないではないから、大坂の行為は、まあ‘無二の善行’というほどでもなさそうだ。

 しかし羽をつまむこともなく、汗ばんだ掌ではなく指の背にそっと乗せてやる仕草は彼女の心根のよさをよく物語っている。

 

 それにしても、このハプニングは試合のどのようなシーンで起こったか。

 スコアを見れば、第1セットを大坂が取った後、第2セットは1ブレイクしたうえでの大坂のサービスゲーム。だが、ここで彼女はダブルフォールトで相手(オンス・ジャバ―)にブレイクポイントを与えている。

 すなわちここはこの試合の最後の山場だ。ジャバ―が勝てることがあるとすれば、このポイントをもぎとるしかない。逆に万一大阪が敗れるとすれば、ここでポイントを落として試合がもつれてしまうパターンしかない。

 試合の流れをがらりと変えてしまいうるポイントであることは、ふたりとも十二分に分っている。最大限気持ちを高め集中させなければならない。

 蝶が闖入したのはこのようなシーンだ。

 

 そんな場面でいらだつこともなく、落ち着いて蝶を扱ったのも驚くべきことだが、それよりもさらに感嘆したのは、蝶を放ったあと、彼女が小走りでサービスポジションに戻ったことだ。

 こういったアクシデントを対戦相手との駆け引きに利用することはしばしば見られる。サッカーなどでは茶飯事だろう。

 大坂なおみにはそんな考えは毛頭浮かばなかったらしい。蝶を解放するや、さあ、テニスに戻らなくっちゃ(相手も待たせちゃったし)、とでもいうかのように、小走りに戻ったのである。相手をさらにいらだたせることもできたはずなのだが。

 このあと、彼女はこのサービスゲームのキープに成功し、さらにそれから1ゲームも落とすことなく勝利することになる。