横浜の人形の家に預けている人形たちに恙ないことを確認して更新の手続き。置いてあるポストカードを補充する(60枚くらいが毎月ほぼなくなる)。
その足で箱根に。
強羅の手前の彫刻の森美術館に舟越桂の彫刻が展示されているのだ。 ☞
本館ギャラリーに10数点の彫刻、多くのデッサンその他。
広々としたスペースにあっての圧倒的な存在感。
両性を具有した異形の姿ながら禍々しさはまったくない。この世に存在するものの宿命をひっそり身に孕んでいるような、静謐で神話的な佇まい。声高になにかを主張することもない、この世に静かに注がれてれているような眼差し。それは特段になんらかの共感を強要することもなく(“戦争を見るスフィンクス”でさえも)、人間のありようや営みにただ投射される。
おのずからスフィンクスの問いに向かいあうことになるのは我々のほうだ。しかしその問いとはいったいなにか、なにを自分は問われているのだろう、いや、自分が問うべきものは何なのか。
舟越桂は今年の3月に亡くなった。存命ならまだまだ観る者の心に沈潜するような作品を作り続けただろう。舟越は自分よりわずかに年長。身に沁む心地…。
迷走颱風10号の影響で、まだ各地で突然の豪雨が予想された。
電車で向かう途中にも突然の猛烈な雨。だが、着いてからはさいわい雨にはまったく見舞われず。舟越桂の展示を見てから広大な野外展示場に出ると、雨上がりの緑がかぐわしく実に心地いい。
客はほとんどが外国人。ツアーの日程に組み込まれたらしいグループもあって、閑散というほどのこともないほどほどの客足。フリーの日本人はこの天候では敬遠しただろう(現に、大涌谷へのロープウェイは運休になっていた)。
2時間ほどかけてゆっくり歩く。青空もすこし見えてきた。もういちど舟越作品を見て、帰路につく。
ヘラクレスの睾丸ごしに箱根の山 (≧◇≦)
足湯もあるぞ ( ̄▽ ̄)
箱根登山鉄道。急勾配、急カーブをスイッチバックを繰り返しながら、辛抱強い牛のようにゆっくり進んでいく。鉄道マニアにはたまらない乗り物だろう。しかし、鄙びた車体を予想していたのが、豈に図らんや、清潔でモダンな車体。う~ん、ちょっと残念。
◇
晩食は‘まさひろ’に。しらうお、穴子の湯引き、しろいか…。
ふぅ。充実の一日だったよ。
あ、ほうぼうの握り撮り忘れた…