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ゆふすげ ー 美智子妃-皇后の歌

 カバーを外せば表紙には安野光雅の夕菅の画が
 カバーを外せば表紙には安野光雅の夕菅の画が

 

 昨年の暮れに美智子上皇后の歌集が上梓された。

 この歌集には昭和43年から平成30年までの歌が収められている。

 皇室に嫁いだ昭和34年から平成8年までの前歌集「瀬音」や、歌会始など宮内庁のホームページに発表されたものは収録されていないから、第二歌集というよりは第一歌集の拾遺にそれ以降の作を合わせた歌集と言うべきだろうか。   ☞

 

 

「瀬音」はH9年が初版だが、これはH19年の新装版
「瀬音」はH9年が初版だが、これはH19年の新装版

 

 

  だが際立った作はすでに発表されてしまっている、などということはない。

 公の立場からはなれた嘱目的な自然詠や折々の述懐がおおく、それだけに自然体の姿の美しいうたが収められている。

 

 

深みにはアンボイナの毒も秘めもてる珊瑚礁の海生きて波うつ     S43

夕茜水底みなそこ深くゆらめきて古きひととせ終らむとする           S44

おそ夏の野路の夕暮れ露さはにふふむ野花の花冠のゆらぎ       S47

初夏はつなつ淡き光にリラ咲きてそのあたりらひただよふ紫        S51

(しゅ)のさつきやや狂ほしく咲き帰りよりどなき空に昼の月あり      S52

石垣に春日かがよふかたへ来て花咲きむる街に出できぬ       H  2

風なぎてただにしづけきこの園に夕蜩の声のみ聞こゆ         H  3

幼児(をさなご)の馳せ去りゆけば我のみの立てる枯野に日のかげり来る      H  8

穭田(ひつじだ)の彼方を通ふあぜの道 時ゆくがごと子ら遠ざかる         H  9

(かれ)(はす)は等しきかたに大きなる葉を傾けて風に吹かるる          H  9

風寒き浪板なみいたの浜打ち寄する片寄波かたよせなみは海に還らず            H  9

大神(おほみわ)を敬ひし父逝きし年 とき遅れて笹百合咲けり          H 11

那須の野の露さはに置く草ぐさに偲べば恋ほし過ぎし日の夏      H 12

()を止めて少女が指せる海涯うなはての遠きに見入る未来のごとく       H 16

穭田(ひつじだ)の短き稲葉揺るる果てみささぎはあり寄りてぬかづく       H 22

 

 両親を詠った歌も散見される。

母の亡く父病むゆふべ共にありし日のごと黄すげの花は咲き満つ    H  9

母逝きて十年じふねん近く父病めば我が立つ苑の冬枯れ寂し          H  9

 「瀬音」にはこの歌もあった。

彼岸花咲けるあはひの道をゆくき極まれば母に会ふらし         H  8

 そして、すべてを通観しても極めて異色な次のうた ―。

関東平野の広きをよぎり歩み来るあれはあれは亡き父ではないか     H 23

 

 

 「ゆふすげ」に収められているのは平成30年までの歌。上皇后となった31年以降は歌会始にも、また、皇后時代には宮内庁ホームページに毎年アップされていた‘皇后陛下御歌’の形でもうたは発表されなくなってしまっている。

宮内庁HPには現在もH2~30の歌が掲載されている
宮内庁HPには現在もH2~30の歌が掲載されている