美智子皇后のうた
料理人の料理と書家の書はいただけない、と言ったのは良寛だったか。その伝で言えば、歌人の妙にひねったうたにも時に辟易とさせられる。
特段、皇室ウォッチャーでも‘ミッチー’ファンというわけでもないけれど、その手のうたに対し、美智子皇后のうたは、見せかけやあざとさが微塵もなく、丈高く非凡にして心にひびく。これこそが、和歌というものだろう。何百年かのちにも、人々の口に膾炙するのは、このようなうたではないか。
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例えば、東日本大震災の翌年(平成24年)の歌会始の際のうた(お題「岸」)。
帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず
“立ちて待てるに”は、“立って待っている、それなのに…”と(‘岸壁の母’風に!)取ってしまっては台無しである。
“岸に立ってひたすら待つということ。時が動いてそれが解消されることはない。「岸」という文字が歳時記に載っていないそのことのように…”。
初句の“帰り来るを”の字余りが溢れる思いそのもののように切なく、“歳時記に見ず”という強い言い切りからは、悲しみ、もっといえば遣り場のない憤りさえ伝わってくるようだ。
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昭和55年2月、浩宮の加冠の儀の際のうた。
音さやに懸緒截(かけをき)られし子の立てばはろけく遠しかの如月(きさらぎ)は
如月は浩宮の生誕月。加冠の儀は皇族男子の成年式である。成年の証しとして被せられた冠の懸緒を顎で結び、緒の余った両端を切り落とすのがしきたりとなっている。
このとき、美智子妃は、これを寿ぐ長歌もつくっており、上記はその反歌として詠まれた。
長歌-反歌をつくることが、この儀式の約束事になっているのかは不明にして知らない。だが、長歌が古式に則ってめでたくうたいあげられているのにたいし、この反歌にはもっと様々に交錯する深い思いが込められているように思う。
皇室では親王を臣下の家で育てることが、長く慣例とされていたそうだ。これに反して美智子妃は初めて自らの手で子を育てた。(昭和天皇もこれを望んだが、周囲の反対によって断念させられたという。)‘平民’出身の妃であることとなどとともに、それが守旧派からのパッシングを呼び起こしたことは知られたはなしである。
だが、すでに生まれながらにして半ば公の身である子が成年となれば、もはやまったき公の人である。親と子のあいだも、さらにあたりまえのものではありえなくなるだろう。
“ はろけく遠し ” という表現には、感傷に溺れるでもない、だが、この決定的な落差への無量の思いが込められているのではないか。
これに先立つ同じ年1か月余り前のうたが響き合う。
風ふけば幼(をさな)き吾子(あこ)を玉ゆらに明(あか)るくへだつ桜ふぶきは
幼かった我が子は、桜ふぶきのなかに霞み、もはや届かない人のようではないか。眩い陽の光が桜の花びらを輝かせるがゆえに、かえってその姿を“ 明るくへだ ”てるのだ、一瞬の予兆のようにして。
さらに言えば、“ 音さやに ”の調べには‘ 痛ましさ ’への思いが垣間見えないだろうか。晴れがましさと背中合わせに、皇太子、さらには‘象徴’という摩訶不思議な存在=天皇となる回避すべくもない運命。“ 懸緒截られし ”といい“ 子の立てば ”と言う。懸緒を切る鋏の音が響く静まりかえった空間にただひとり‘ 贄 ’となって、我が子は立っている。もはやあのただ幸福な二月ははるか遠いものとなった…。
岡井隆は「現代百人一首」にこのうたを採り、美智子皇后のうたを評して、“言葉に緩みがなく、思いに甘えがなく…”と述べている。
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美智子妃-皇后のうたは、当然に公務やそれに準ずるものに即して詠まれることが多い。だが、決して口先だけで上滑りすることはない。
平成17年、サイパン島慰霊の際のうた。
いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏(あうら)思へばかなし
“ 踏みけりしをみなの足裏 ”という生々しい語句は、“ をみな ”たちの切迫を、自分自身の身体感覚のようにして受け取ることがなければ決して出て来ないはずだ。美智子妃はこのときまざまざと崖際に立つ女たちの足の震えを体感したのだ。“ 思へばかなし ”という使い古されたはずのフレーズが、ここではなんと痛切なひびきを持つことか。
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わずかに散見される私的なうたも、またいい。同じ平成17年。
御料牧場にて
牧の道銀輪の少女ふり返りもの言へど笑ふ声のみ聞こゆ
牧場の清冽な空気、自転車の疾走感、少女との親密さ、透きとおった明るい笑い声―。あざやかにイメージが広がる。
平成8年のうた。
道
彼岸花咲ける間(あはい)の道をゆく行き極(きは)まれば母に会ふらし
どのような折に詠まれたのだろうか。
同趣のうたを他に見ることはない。
* 美智子皇后の歌集「瀬音」は、平成9年に上梓された。その後、平成19年に新装版として刊行されているが、収められているのはやはり平成8年までのものである。その後のうたは宮内庁のホームページから拾うほかない。
('19.1/21 記)